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トンカツ

78で亡くなった父は古希を過ぎてもトンカツが好きだったらしい。
母が亡くなる前に、そんな話を聞いた。
場所は昼から開いている居酒屋。同じ店で父はトンカツ定食を食べていたらしい。別の所になるのだが、或る家電量販店近くのトンカツ屋も好きだったらしい。
あんたもトンカツが好きだから、似ているね。と母は言った。
確かに私は若い頃トンカツが好きだった。
小さな草履のような右端か左端にたっぷりと脂身のあるやつ。草履の片側が全部脂身というシロモノも好きだった。しかし、いつの間にか、そんなトンカツはなくなった。ヘルシーだか何だか知らぬが、脂身が全て削がれてしまっている。スーパーの肉売り場でトンカツ用と表示されたものにも脂身は付いていない。淡いピンクの豚肉ばかりだ。
脂身を食べることが、そんなに不健康なら、霜降りの牛肉や鮪のトロはどうなのか。きっと私には分からない立派な説があるのだろう。
こんなトンカツはトンカツではないと思う内に、フライ物には手が出なくなった。串カツ屋の小さなフライを5本ほど食べれば十分だ。


実は父がトンカツを食べる姿を見たことは無い。
24で私は家を出てしまったし。食べるよりも飲む。そんな父だった。
それでも件の居酒屋のトンカツは、それなりに美味く、時々、単品で食べてみる。しかし、考えてみれば、この前、店で食べたのは2~3年前。母と話したときの酒のアテは天婦羅盛り合わせだった。それも、もう10年以上も前のことになる。


妻と猫の他、誰とも話をしない生活では、昨日も10年前も然して変わらない。死んでしまった人にも、この夕方、散歩の途中で、ひょっこり会える気がしてくる。