kanashiikimochide

sakeganomitaitoki

古い歌

虚ろな夕食時、ネックスピーカーで古い歌を聞いていた。


30年近く前の3月の終わり頃。
京都府北部への出張の帰り道。
大きなワンボックスカーの中には男ばかり5人が乗っていた。
一泊二日に過ぎなかったのだが、皆、疲れていた。押し黙った車内にはカーステレオから少しばかり懐かしい流り歌が流れていた。
豊岡市内を抜け、円山川沿いを南へ走る辺りだったか。「夢をあきらめないで」が流れた。今でこそ、それが誰の歌かは分かる。むろん、その時も初めて聞いた歌ではなかった。しかし、重苦しい雰囲気の車内に流れる歌声に、その時は、ただ聞き惚れた。
車を運転していた人物は大の野球ファン。どこそこの誰それが、この人と結婚するとはなぁと呟いた。紛れもない羨望の響きがあった。プロ野球に疎い私には、それが、どんな選手なのか分からなかったが、歌詞の「熱く生きる瞳が好きだわ」というところで、恥ずかしいくらいに心が騒いだ。
あなたの夢をあきらめないで
急に、そう言われても。…
私の夢は何だったのか。
思い出せないくらいに、とうに忘れて、毎日をただ生きていた_ということなのだろう。
多分、同乗していた男たちも、同じように思っていたのではないか。歌が終わるまで、誰も何も言わず、ただ歌声を聞いていた。

普段、こんなにストレートに好きだと言われることはない。
考えてみれば、結婚して妻が亡くなるまでの43年間、私自身、好きだと声に出して言ったことが、どれだけあっただろうか。
自分が普段口にしない言葉を人から言ってもらえるはずはないのだ。


古い歌を聞きながら涙が溢れてしかたがなかった。