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誰とも会話する必要のないショットバー

震災前の三宮駅構内には、映画を観終わった後に立ち寄るショットバーがあった。
頗る安価な料金。
カウンター席に座り、酒瓶のずらりと並ぶ壁面を眺めているだけで、時間が潰せた。
注文の時以外は店の人とも会話する必要がない。離れた所で何かをしている雰囲気があり、客に余計な気遣いをさせないこともサービスと心得ているかのようだった。
私は何を飲んでいたのか。
何となくジンが好きだった時期。ビールで冷えた腹を温めるアクアビットなるものをショットグラスに入れてもらい、舐めるようにして飲んだ時もあった。食べ物は生ハムやチーズ。小さなピザ。ガーリックトースト……。
映画の場面を思い浮かべながら、頭の上を通過するJRや阪急の音を聞いていた。
或る日、誰かとそこで待ち合わせをしたつもりでいた。
が、それは勝手な思い込みに過ぎなかった。腕時計に目を遣りながら過ごした時を最後に、店から足は遠退き、いつの間にか店は無くなっていた。
良い店は、暫く行かない内に消えていく。
短い夢のようなものだと今になって分かる。