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糠床

冷蔵庫の野菜室。その奥にある大きな密閉容器は糠床だった。妻が亡くなって暫くしてから蓋を開けてみた。 イヤな臭いがしなければ、まだ使えると思う_というのが娘の判断。そのことをLINEで確認してから、糠床の中を探ってみた。漬けたままになっている物はなく、糠床の中は、表面よりも綺麗な色をしていた。
取り敢えず、捨てても構わないブロッコリーの茎を漬けてみた。一週間ぐらい時間が経ってから半分取り出してみた。まだ固い気もしたが、ちゃんと糠漬けになっていた。そこから一つ取り出す毎に、人参や大根を糠床へ投入する。糠が少なくなれば少しばかりの補充も。 この糠床を作った妻はもう死んでいるのに、糠床の中の酵母菌や乳酸菌は生きている。そう考えると不思議な気持ちと共に、妻が私に残してくれたプレゼントのようにも思えた。
今日の昼食時に切った大根の糠漬けは美味かった。漬物がこんなに好きだったかなと思うほど。
夕食を食べ終えたのは5時58分。ぐずついた薄ら寒い一日だったが、食器を流しに入れてから、少しばかり外へ出てみることにした。食べながら聞いていた忌野清志郎のデイドリーム・ビリーバーに涙が止まらなかったからだ。
風は冷たく、時折、小雨が顔にかかる中、骨伝導イヤホンに切り替え、お気に入りフォルダ内の続きを聴いていた。家から、5分ちょっとぐらいのところにある病院周りを歩いたのだが、母はそこで亡くなり、妻も何度か入退院して、最期を迎えた。いつか多分私も……。それほど遠い先でもないだろう。
イヤホンから流れる曲は、ジェイドインの歌う仰げば尊しになっていた。