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ハムを売る

地元大手企業のハムを売るアルバイトをした。大学3年の夏前だった。
営業所へ行くと、スライス・ハムの売り出しだということで、いくつかの場所へ分かれて行ってもらうとのこと。学生それぞれ、何台かの車に割り当てられ、私の一日目の行き先は、古い市場の中の、小さな肉屋だった。
車を運転していたのは、背丈はそれほど大きくはないのだが、いかにも体育会系のがっしりした人。話を聞いていると、私より5つくらい上。国立大学の商学部か経済学部出身だった。あんまり勉強せんと、部活ばっかりしていて、4年間合宿所暮らし。卒業したら、今度は営業所の上の独身寮暮らしだと笑った。
割り当てられた肉店の主人は、学生バイトに何をさせたらいいのかと困っていた。
何でもさせてください。と言ったあと、社員の人は車から牛肉の半身を担ぎ出して、店へ運んだ。ハムよりもこっちがメインなんや。と言う。店もそれが主で、スライス・ハムの方は従という扱いだった。
本当に何もすることはなかった。店先を掃き掃除していると、新しい店員さん?と老婆に話しかけられた。
いえ。アルバイトです。そう応えると、店主が、スライス・ハムの売り出しなんです。と付け足す。しかし、老婆はミンチ肉を買っただけだった。小さな子供連れの人は、細長いソーセージを買ってくれたが、ハムは売れなかった。肉屋に来る人は、肉を買う。それがよく分かった。
隣の店のガラスケースの中には大きな豚の頭部が一つ。綺麗に処理されていたから、風呂上がりに昼寝でもしているように見えた。それにしても、圧倒的な存在感。初めて見たということもあって、目が離せなくなった。気がつくと、店の人が笑ってこちらを見ている。美味しいのですか?と莫迦なことを口走ってしまった。
ウチが、美味しくないもんを売ったりはせんで、兄ちゃん。兄ちゃんのバイト代では買えんけど。と笑われた。
そうだろうなと思った。
目を閉じた豚が、楽しい夢をみているようにも思えた。
私は、その頃は未だ、面身もミミガーも食べたことのない学生だった。