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スライス・ハム

いくつかハムの話を……


燗酒と湯豆腐のセットで飲み始め、次のアテをどうするか、壁面の品書きに目をやって、左右に何度か視線を走らせていた。
店のカウンター席は、通路を挟んで2面。調理場に向いた側と、鏡に向かいあうような壁面と。その日は壁面側、品書きの隙間に覗く自分の鏡像と向き合うように座っていた。
アテを考える内に、丸椅子一つ分空いた左隣の客人の手元で目が止まる。瓶ビールと湯豆腐、はまちか何かの刺身。スーパーの白いレジ袋が一緒にあった。そのレジ袋から時折、何かを取り出して、口に運んでいる。それがパックのスライス・ハムだと分かるまで、少しばかり時間がかかった。湯豆腐と刺身は飲み屋のものだが、ハムは他所で買ってきたもの。この店は持ち込み、ありだったかな_と一瞬思ったのは、ホール係のアルバイトのお兄さんたちが、見て見ぬふりをしていたからだ。場所柄、ややこしい人なのかとも考えたが、強面の風情ではない。痩せた職工と云えばいいのか。使い込んだ作業着姿だった。
瓶ビール1本を飲み終わると、早々に勘定を済ませて出ていった。
誰とも喋らず、一つ向こうに座っていなければ、全く目立たない客人だった。
酔い潰れて、椅子から転げ落ち、救急車が迎えにくる客人も、その店では何人も目撃した。それに比べれば_ということだったのか。
スライス・ハムの一パックを食べきった感じは、しなかった。ほんの2~3枚というところだったのか。