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酒の肴

その角打ちの常連客の一人、強面の人が亡くなった。
入院先の病院から抜け出して飲んでいるようなトンデモナイ人だったが、退院してからも暫くは元気そうに飲んでいた。背が高くて、声が大きく、威圧感があった。直接は言葉を交わしたことはない。男子校でバスケットの選手だったこと、その伝手で、どこかの女子高のコーチを頼まれて、そんなことを実際にしていたときも_というのは知っていた。生きている間は、誰も何も言わなかったのに、彼の言動に対して快く思わない向きも少なからずあったようだ。
亡くなった人のことを酒の肴にするのは止めてください。
酒店の女将さんが、ぴしゃりと言った。
言われて流石にバツが悪かったのだろう。笑い声が止んだ。
私はいつものように一人で黙って飲んでいたのだが、亡くなったのを知って愕然としていた。それに気づいた女将さんは、私の方へ黙って頷いた。後ろの壁には、常連客ばかりでどこかへ遊びに行った写真があり、その強面の人の笑顔もあった。

学生の頃、別の大学の二つほど上の人と一緒に飲んだことがある。妻の友人の、いずれは結婚する相手。
その時は、4人とも未だ学生だったし、妻もまだ妻ではなかったが。
その人は、学生時代から、スポーツ新聞の編集部でアルバイトをしていた。卒業後は、そのまま新聞社に勤めるつもりだったようだ。さらにもう一つアルバイトとして、自動販売機の設置作業もしていた。バイタリティーの塊のような人。こんな人でなければ、マスコミの仕事はできないだろうと思わずにはいられなかった。
一緒に飲んでいて、焼きそばとビールの組み合わせは、完全栄養食だという説を聞かされた。必要な栄養素が全て含まれているから、その組み合わせだけで、生きていけると力説した。
しかし、大学を卒業するかしないかの時期に、徹夜麻雀の途中の休憩で寝転んだまま亡くなった。
妻の友人は、いつでも思い出して、楽しい酒の肴にしてください。と涙ぐんだ。
あれで、とても寂しがり屋だったんです。知っている人が話題にしてくれた時、愉快な話の中では、何も変わらない莫迦な人として、みんなの心の中に生きていると思うから。

人は、それぞれだが。
私は黙って飲むしかない。