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魚肉ソーセージ

年末には、別の会社の魚肉ソーセージを売った。
売り場は自宅から歩いていけるスーパー。
今は見る影もないほど廃れてしまったが、その時は歳末商戦の只中でもあり、人で溢れていた。
売り場責任者のところへ行って挨拶すると、ソーセージの並んだ特別ワゴンのコーナーへ連れて行かれた。
おたくの商品は、こんなふうに並べている。時々、見に来て、減っているものは補充する。それ以外の時間は、こっち。お節料理の食材売り場にいるように。
見ると、袋入りの黒豆や田作り、カラフルな蒲鉾などが積み上げられていた。
当然ながら、魚肉ソーセージの会社とは、何の関係もない商品だった。
気にせんでええで。会社には言うとくから。
それから5日間、私は、袋入りの細々した食材を売る為だけに、地下の食品売り場へ通った。
魚肉ソーセージの会社の人は、一日目に、確認に来た。
売り場責任者の強烈な言葉に、ただ頭を下げるだけで、私には、バイト代は年明け、新大阪の会社まで取りに来るように_と言った。
あんたとこのバイトは、正月の食材売り場の手伝い。ソーセージは大晦日まで、あの特別コーナーに置いておく。正月くらい、誰でも肉を食いたいから、魚肉ソーセージなんか買わへん。ほんまは別のモン置きたいところや。バイトを使わせてもらうから、こっちも我慢。それで許してや。
大手流通にはメーカーは頭が上がらないようだった。
晦日まで、いろんなことがあった。
揃いの法被を着た男性社員が3人、味醂を売っていた。魚肉ソーセージのワゴン近くで。それが、どうしたことか瓶が崩れて散乱。床にはガラス片が散らばり、味醂の水溜りができた。売り場責任者の叱責を浴びながら、モップや塵取りで片づけていく。今まで自社の商品として誇らしげに見ていたものを、ゴミとして片づけなければならない。片づけが終わっても、辺りには味醂の匂いが立ち込めていて、通っていく人が鼻を摘まみ、顔を顰めた。揃いの法被も製品名を記した小さな幟も、私には、ひどく悲しいものに見えた。
一代で流通革命を成し遂げたとされる社長が売り場視察にやって来た。うしろに大勢を引き連れて行くさまは、まるで病院の院長回診のようだった。正月食品の買い物客で、ごった返す中、それがどんな意味があるのか。普通に考えれば、分かりそうなことだが、組織が大きくなれば、訳の分からないことが通ってしまう。
グループの今の衰退をその時には予想もしなかった。が、ただでさえ嫌いな正月が、くだらない風習だと思えてしかたがなかった。