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飲み方いろいろ

その店の壁には、「飲み方いろいろ」なる張り紙があった。
恐らくは、カレンダーの紙の裏面。隅の捲れ具合、黄変した様から、その年季が伺えた。
張り紙には、ずらずらと焼酎乙類の手書き文字が並び、一番下に、水割り・湯割り・ロック他とあった。無論、焼酎乙類の表示はなく、「本格焼酎」なる語もなかった。
店は各自で冷蔵庫から取り出すスタイルだから、皆、好き勝手に飲む。小さな缶入り緑茶やウーロン茶で割る人。トマトジュースで割る人。乙類ではなく、殆どが焼酎甲類だった気もするのだが。中には薬用酒で割っている人もいた。
焼酎を薬用酒で割って、身体のためになるのか。
そんな無粋を言う者がなかったのが、その店の良さだった。鷹揚で穏やかな店主に甘えて集う常連客たちだったからだが、しかし、それがいつの間にか、イヤごとや人の揚げ足取りを言う者が増えていた。「飲み方いろいろ」とする店主の思いは、それを曲解し悪用する者たちを増やしただけだった。
人は様々な生き方をしていて、いろんな思いを抱えている。せめて飲むときぐらいは、好きに飲んで、また明日…。そんな思いが「張り紙」にはあった。
それが他人への揶揄い・悪口の横行に繋がるとは。私が一番心萎えたのは、嘗ての国鉄を含む公務員ストライキへの罵りと、近隣諸国への悪感情だった。何故そこまで嫌うのか、憎むのか。酒は、どす黒い感情を掻き立てる。それも「飲み方いろいろ」に含まれるのか。
私の足が店から遠退いたのは言うまでもない。店は流行り病の「自粛期間」を乗り越えることが出来ず、閉業となった。それを知った時は、店主の人懐っこい笑顔が思い出されて、ひどく哀しかった。……