kanashiikimochide

sakeganomitaitoki

鏡の向こう

洗面台に据え付けの三面鏡。
鏡の向こうには棚がある。
左右の鏡の裏の棚は入居したときから使っていたのだが、正面の一番大きな鏡の裏にも棚がある。それに気づいたのは、昨年の春頃。入居して7年が過ぎていた。妻に、この後ろに棚があるのを知っていた?と尋ねると、
あら。全然知らなかった。と驚いた。
すぐに化粧水やヘアミストがそこへ収まった。私のものは何もない。
しかし、彼女がその棚を使ったのは僅か数か月。今でも使いさしのボトルが並んでいる。

同じような気づきが妻の死後にあった。
専らアンダーシャツの物干しハンガー。
妻は洗濯物がネックのところから脱落しないように、一つ一つ洗濯ばさみで止めていた。そのやり方を踏襲する形で、私も干していたのだが、左右の腕部分が伸びることに気づいた。一杯に伸ばせば、U字に開いた首周りのアンダーシャツも、風に飛ばされたり、抜け落ちることはない。
その些細な発見を妻に話してみたい。返ってくる言葉は分かっている。
(あら。全然知らなかった。)
それでも、その声が聞きたいし、驚きの表情を見てみたい。

ずっとそばにいた人を亡くすとは、こういうことなんだ。
そう思いながら、上の写真を撮ったとき、
頭の上の、空高くに、月齢まだ僅かの月があるのに気づいた。
月の出は何時頃だったのか。昼の間、空を移動して、夕暮れ、天頂近くに達した。

ずっと空にあっても、誰にも見えないし、それを誰も不思議なこととは思わない。
太陽のある昼間は見えなくて当たり前。

当たり前のことには心は動かない。
そこにあるものには頓着せず、いろんなことを見過ごして、死んでいくのかと思った。