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高野豆腐

立ち飲み酒房のコップ酒を飲むようになって、高野豆腐が美味いものだと分かった。
好き嫌いはないから、食べないということではなかったのだが。
母の煮しめの品目に、大根・人参・蒟蒻・薄揚げ・椎茸と共に高野豆腐が入っていた。肉の無い正月の御節料理が「御馳走」だとは思えない。そんな感覚、舌の持ち主だった。
それが50を過ぎてから、コップ酒2杯におかず3品、仕事帰りに飲んでいると、2品目か3品目には、高野豆腐か分葱のぬたを頼んでいた。考えてみたら、どちらも同じころに好きになっている。
その店の高野豆腐は、一皿に三角形のものが二つ。高野豆腐一つを対角線で切っただけに過ぎないのだが、琺瑯の大きなバットからよそってくれるときに、三角形を少しずらせるように重ね、その上に絹さやを一切れ載せてくれた。それで200円未満だった。
常温のコップ酒に高野豆腐に沁みた出汁が美味かった。スカスカのスポンジと思っていたものにも味があり、正月の一品にあっても悪くはない。なにより酒が美味くなる。
絹さやは、その後、すぐに載らなくなった。
実質の値上げやな。怖い大将に、そう言ってのける常連客もいたが、何も言い返さなかった。が、その後、すぐに20円ほどの値上げを敢行した。
絹さやは、それでも復活はせず、その後、2年も経たずして、大将は引退。店を継いだ大将の連れも1年程頑張ったが、暫く休ませてくださいという張り紙の後、店は潰れた。
今はチェーンの焼き鳥店が入っている。