kanashiikimochide

sakeganomitaitoki

鶴。或いは菊

もう何年も入ったことのない店だが。
何かの振り替えで休みになった平日にだけ、その店へ行くと、美しい「ホール」係に会えた。
上品な姿・声・笑顔。
どうしてこんな美しい人が…と思うほどだった。
女優の中には、清純な魅力を売り物にしていても、本人自身は、そうではない場合がある。男どもが勝手に、自己の願望を投影して、幻を愉しんでいる。

その美しい人は、見た目ほどは若くはなかったようだ。既に結婚していて、お子さんも二人ぐらい。パートは、平日の16時まで。土日祝日はダメだと最初から断っていたようだ。雇われ店長からシフトの都合がつかず、土曜日だけでも何とかならないか訊かれていたのを耳にした。それに対しては謝り続けてはいたが、頑として受け付けなかった。

ある時、年老いた客の男が一人ゴネていた。かなり酔いのまわった声だった。
注文したのは、いつになったら出てくるのか。
アルバイトの痩せた男の子が何事か言いながら頭を下げていたが、怒鳴り声は大きくなるばかり。そこへ件の美しい人が入っていった。
伝票を見て、調理場へも行き、確認した事実を丁寧に伝えた。
お客さんが注文した品は伝票になく、調理場へも通っていないこと。今からでも良ければ改めて伝票を書き、大急ぎで作ってもらいますが、どうなさいますか?
それに対して老人は、
もうエエわ。ようさん飲んだし、また今度にすると応えた。
美しい人は
イヤな気持ちにさせてゴメンナサイ_そう言ってエプロンの膝に手を遣り、頭を下げた。
びっくりするくらいの美しいお辞儀だった。
老人は驚いて立ち上がり、
あんたみたいなキレイな人に頭下げてもうて、もう十分やで。掃き溜めに鶴の美人さん。
そう言って慌てて勘定を済ませ出ていった。

美しい人は、鶴という雰囲気ではなかったが、その店は確かにハキダメだったかもしれない。私を含め、昼日中から、安酒を飲まずにおれない男どもが集まっていた。
老いた男も、そう自覚していたのなら、ひどく可笑しくて悲しかった。