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目玉焼きと出汁巻き

その店の品書きには目玉焼きがあった。
注文すると千切りキャベツに両目の目玉焼きが乗っかってくる。
ソース要りますか?と訊かれたが断った。
掛けるなら塩だが、普段は塩も使わない。
しかし、箸をつけてみて、ソース云々の理由が分かる。両面焼きではないが、黄身にも十分火が通っていて、トロリとした半熟ではなかった。
それでも飲み屋の目玉焼きが珍しくて、そこへ行くたびに思い出しては注文した。ある時、半熟に出来ないか訊いてみた。
ムツカシイから無理だと返ってくる。
半熟の目玉焼きが難しいものだとは思ってもみなかった。両目を同じ硬さにするのが難しいという意味だろうか。
(新鮮な卵ではないから十分火を通すようにという決まりがあるのでは…というのが妻の説だが)

そんなことを考えていると、後から入ってきた客が、出汁巻きを注文した。
ゴメン。出汁巻きは売切れ。と言う。
目玉焼きがあるのに出汁巻きはないんか。卵、あるんやから出汁巻き作るのはわけないやろ。と私以上の我儘を言い出した。
午前中の仕込みの時に、出汁巻きの素をこの容器一杯に作ってて、それがなくなったらオワリ。卵があっても作られへん。
なんでや。
誰が作っても同じ味になるように出来てるんよ。私が勝手に作ったら、いつもの味と違うと言いだす人、絶対おるやろ。
そうやな。しかし、その出汁巻きの素、こっそり家に持ち帰ったら、ここの出汁巻きが家でも作れるっちゅうことやな。
それもムリ。この鍋がないもん。
そんな使い古した鍋でなかったらアカンのか。
そらアカンわ。この鍋、良う使いこんで油が染み込んでる上に、出汁巻き焼く時しか使わへんねんで。そんな鍋、家に無いわ。

遣り取りが面白くて聞き惚れていたが、最後に客がこんなことを言った。
売切れと分ったら余計に食べたなる。みんな良う知っとうな。ここの出汁巻きが美味いちゅうのを。ここ来て出汁巻き食べへん奴は、モグリ。ニワカやな。

そんなに美味い出汁巻きだったかなと首を捻るしかなかった。