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オヤジさん

◎本気で商売してる

飲み方は人それぞれ。どれが良くて、どれが良くないか_一概には言えない。
自分にとって居心地の良い店。それぞれが、そんなところを探して飲むしかない。

その店のオヤジさんは、とにかく喧しい酒飲みが嫌いだった。高い位置にテレビを据え付けていたが、音声は流さない。贔屓のチームを尋ねられると、阪神が勝つと売り上げはいいけれど、野球は嫌いだと吐き捨てた。
一人で黙って30分~40分飲んでいるだけの私には、従って居心地の良い店だった。

その日、夕方の6時を過ぎたぐらい。既に地元ローカル局の野球中継が始まっていた。立て込んだ店内の客の多くは、黙って、或いは近くの連れと小声で話しながら、テレビを見上げていた。

誰かが、オヤジさんに、コップ換えてくれへんかと言った。なんか曇っている_と言う。丁度、洗い物をしていたオヤジさんは、黙って受け取り、掛けていた眼鏡を上にずらせるようにして、裸眼でコップのあちこちを点検した。そして、流しの横の大きなポリバケツの中へ叩きこんだ。何かに当ってガラスの割れる音がした。

冗談やん。慌てて客人が言った。
オヤジさんは、そうですか。私は、本気で商売してるんで。お客さんが曇ってるというコップ、私には、どこが曇ってるか分からんかったけれど、そんなモンまた使われへん。捨てました。冗談は無しにしてください。

何事もなかったように誰もが遥かな甲子園球場を見上げていたが、店の中は静まりかえっていた。初めて入った客人だったのか。そんなことを考えたのは、私だけでは無いだろう。