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海鼠

いつまでも寒い日が続く。雨も多い。
それでも桜の開花は、いつになく早い。
この冬は、海鼠を食べないまま過ぎていった。
妙に値が張る上に、品物自体売り場で見ないと妻は言った。どうせ食べるのは私だけ。昔のように外で食べてくれば済む話だった。

海鼠とウィスキーという組み合わせの広告文章を書いていたのは山口瞳だったか開高健だったか……。新聞の2段か3段のスペースに柳原良平のイラストが配されていたと記憶する。しかし、検索しても見つからなかった。

私が湯割りのウィスキーと一緒に海鼠を食べるようになったのは20年ぐらい前。寒風に吹かれて半日以上立ち尽くしていると、仕事帰りには、どこかで飲まずにはおれなかった。海鼠の一欠片を口に入れ、湯割りのウィスキーで追いかける。その感じを一度覚えると、北風に吹かれるたびに、口の中に海鼠とウィスキーの味が広がった。

退職してから教えてもらった小さな店。2年ほど前の或日、ホワイトボードにナマコと書いてあるのを見つけた。
海鼠が好きなお客さん、多いですね。すぐに売れてしまいます。_とのこと。普段、ビールのお客さんでも、海鼠があるときには日本酒にされます。ウィスキーで_という人はいない。そもそもウィスキーを湯割りにする客も、そこでは私だけだったらしい。初めて注文したときには、お湯の量をどれぐらい入れたらよいのか訊かれた。

コロナ禍と私が引籠っている間に、小さな店は移転してしまった。新しい場所には、まだ行けていない。