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sakeganomitaitoki

中国菜

店に入って先ずコップ酒を飲んでいた頃。
かれこれ20年近く前。元気だったし、飲まずにはいられないような気持ちで、毎日働いていた。

店に入って小さな黒板の品書きを見る。ズッキーニに目が留まり、注文してみた。大きな鍋から取り出し出して電子レンジで温めてくれたのは、薄い輪切りの炒めものだった。常温の日本酒に美味いアテだと思った。

暫くすると、今日は中国菜は無いのかと訊く声がする。
女将さんが
ごめんね。今日はないんよ。と応じる。
油揚げと一緒のあれ。あれは美味しいな。
言っているのは、年老いた小さな男だった。何の話なのか耳を傾けていると、どうやらチンゲン菜と厚揚げを一緒に炒めたか、炊き合わせたものらしい。
毎日通う常連さんのために偏りのないものを考えていると、その女将さんが話していたのを何かで読んだ気がする。

今日はズッキーニがありますよ。と勧めるが、
そんな名前は聞いたことが無いと言う。
細長い茄みたいな形なんだけど、味は柔らかいカボチャに似ているかな_との説明。
美味しいですよ。と付け加える。
女将さんが勧めるなら_ということで注文し、一口。
これは美味しい焼きナスや。と絶賛。
ズッキーニって言うん。覚えといてね。
分かった。覚えとくは。

彼が、その名を一度も声にしなかったズッキーニは、どんなふうに記憶されたのか。何だか知りたい気がした。

その後、店主の老夫婦は引退し、店を継いだ兄さんは、年寄りの行きにくい店に変えてしまったと聞く。新しい人には別の考えがあり、それを否定するものではない。が、夕方、あれだけ賑わっていた店が今は閑散としている。それは寂しいほどだ。