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桜の季節

ちらほら桜が咲きかけている。
満開になれば見応えがあるだろうと思いながら眺めていても、盛りの頃に来たいとは思わない。
大勢の人の中に入り混じって花を愉しめる人間ではない。
そもそも花を美しいと思うようになったのは、ここ20年くらいのことだ。
花よりも酒だと考えていたし、酒は一人で飲む方が性に合っていた。

駅中のコンビニエンスストアで購入したのは、缶入りの水割りウィスキーと乾きものの小袋。そこから市住近くの公園へ行って、桜を見上げながら飲んだ或る日の夕暮れ。どこか遠くで救急車のサイレンが鳴っていた。
公園のベンチに座っているのは私一人。辺りは静寂に包まれていた気がする。
暮れていく青い空と闇に沈んでいく花弁を暫くの間、ただ眺めていた。
何を考えていたのか思い出せないが、桜には死者の面影がつきまとう。まだ母は生きていたはずだから父のことでも考えていたのだろうか。それとも母も既に亡くなっていた春のことか。

薄暗い公園に一人座って、桜を眺めるのが私には向いている。
しかし、古い市住は整理されて高層の建物になり、公園近くの空いたスペースには美しい一戸建てが並んでいる。
缶入りのウィスキーを持って一人暗がりに座る老人は、もはや不審者としか映らないだろう。

桜の季節はすぐに過ぎて行くから、お気に入り場所がなくなってしまっても、然して苦にはならないのだが……。