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sakeganomitaitoki

並んでまでは…

その店で食べるつもり、あるいは飲むつもりでいたとする。
行ってみたら満席。
当然ながら、私一人なら、待たない。並ばない。
どこか別の店へ向かう。しかし、せっかく来たのだから、少しぐらい待ちましょう、並びましょうという気持ちも分からなくはない。
だから、ややこしい。飲むなら一人で。と考えてしまう。並んでまで飲みたくはないし、食べたくもない。

行きつけだった角打ちの常連が、世界記録で有名なビール、飲んだことないなと呟いた。心優しい店主が聞きつけて、一箱だけ次回注文しましょうか?と言った。
そうかぁ。ありがとうな。入ったら必ず飲むから。皺くちゃの顔を綻ばせた。
数日後、〇〇ビールあります。という手書きのポスター。
それを見た或る客人が、飲んだことないから飲んでみようかなと言った。
小さな黒い瓶。
黒ビールか。と言いながら飲んで、微妙な沈黙。
正しい飲み方というパンフレットもありますよ。笑いながら店主が言った。
これでとにかく一度は飲んだと言えるな。と言って笑った。
タイヤ会社の格付けも、このビール会社の世界記録も、なんとかセレクションも、どうでもええことを有難がる奴が多いのは何なんやろ。おのれ一人で判断したらええねん。
件のビールを初めて口にした客人は、誰にともなく毒づいていた。
心優しい店主は、ただ笑うだけだった。

〇〇ビールあります。という手書きポスターがあったのは僅かな期間。
顔中皺くちゃにして喜んだ御仁は、当のビールを飲んだのだろうか。その後、出会うことはなかった。
店も、流行り病の期間を乗り越えられずに、閉業してしまった。これは既に何度も書いたとおり。
皆がアキちゃんと気安く声をかけていた店主の笑顔を思い出す。