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イヤリング

大学4年の初夏。
それが5月だったか6月だったかも判然としない曖昧な記憶。
2週間の実習が終わる土曜日の夕方、学生ばかりで打ち上げをすることになった。
学生とはいえ、学び直しの30代半ばの人もいたし、短期大学生もいたから、様々な年齢の集まる10人余りの飲み会だった。
へとへとになるような日々が漸く終わったという開放感があった。1次会の後、2次会、3次会と続いたのは、誰もが別かれ難いような感傷に支配されていたからなのだろう。
3次会で私の右隣に座っていた子は、その日、時間が経つにつれ、話がしやすくなった。実習期間中は、当然ながら、話したことはなく、打ち上げの席で何を話していたのか覚えていない。顔の記憶も曖昧だ。ただ柔らかい感じのする小さな女の子だったと思い出している。
その子の耳に小さな花の飾りが付いていた。イヤリングなのかピアスなのか。高山植物の小さな花一輪のような大きさで、金具があるようには見えなかった。私が見ているのに気付いて、ズレていますかと訊いた。
そうではなくて、イヤリングなのかなピアスなのかなと考えていたと告げた。
イヤリングです。
そう言って、左耳の飾りを外して掌に載せ、見せてくれた。
小さなネジが花飾りの裏にあった。
重くないですか?と訊くと、微かに笑った。
付けた時と外した時に重さを感じる程度。それよりも、ネジの締め付けが難しい。と言った。
緩ければ、ズレたり外れたりするし、締めすぎると、途中から痛くなるのだそうだ。
掌の上の白とピンクの小さな花。その秘密を教えてもらった気分だった。
周りにはピアスを空けている人が未だそんなにいないし、親が許してくれないとも言った。

3次会で終了し、家へ帰ったのは深夜だった。歩いて帰ろうと思えば歩いて帰れるところだったから、皆、かなり飲んだのだと思う。
次の日、ズボンのポケットからハンカチに包まれたイヤリングの片方が出てきた。彼女の掌にあったものが何故私のハンカチに包まれてあるのか。記憶が飛んでいるのに気付いた。
その日の夕暮れ、昨日の打ち上げに参加していた別の女の子から電話がかかってきた。
どうしてイヤリングを貰ったのか問い詰めるような口調だった。
その子に詰問される謂れはなかったが、
手元にあるのが不思議に思っていたので、とにかく返すつもりでいると告げた。
すぐにイヤリングの女の子の自宅に電話した。幸い本人が受話器を取ったので、話は簡単に伝わった。
そう。という返事の後、微かに間が空いて、落ち合う日時と場所を指定された。
夏の日の昼前。そごう百貨店の前。センター街へ渡る横断歩道のところで。
半袖のワンピース姿の相手にイヤリングを返した。
申し訳ないと下げた頭を上げると、相手はにこやかな笑顔だったと記憶するのだが、それ以上、思い出せない。
姓も名も、何もかも忘れて、過ぎてしまった時間の長さを思うばかりだ。