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軽口

飲み屋で一人、黙って飲んでいるのが好きだ。
周りの酔客たちの他愛ない話も、心に残る。
軽口が言える人間であれば、異なる生き方が出来ただろう。そんなことを考える。

仕事帰りに立ち寄った角打ちの酒店。店主の姓名が屋号になっていた。
常連の年配客は、穏やかな店主の人柄に甘えて、AKIちゃんと気安く呼んでいた。

ある夕方、音の無いテレビの相撲中継を見ながら、○○は大関になるかな_と一人の老人が呟いた。
大学出の、その力士は、女性ファンが多いのは知っていた。しかし、年老いた男性にも受けが良かったようだ。
老人の呟きは、独り言に過ぎなかったのだが、店主は、大丈夫、2年以内に大関間違いナシ_と返事した。
老人は、テレビ画面を見上げたまま、そうか、あと2年で大関になるか_と呟き、頷いた。テレビ解説の誰かが言ったのを復唱したような感じだった。しかし、勝ち名乗りを受けるのを見ながら、もう一度、あと2年で大関になるか_と呟き、AKIちゃん、ありがとう_と店主の方を見て言った。

何の根拠もない安請け合いの類だが、老人の嬉しそうな笑顔が、今でも目に浮かぶ。

それから10年余り。件の力士は三役に定着するのも難しく、売り出し中の若手でもなくなった。
50年近く続いていた店は、コロナ禍が影響したのか、昨年9月に閉業した。知ったのは、つい先日のことだ。毎日通っていた年老いた男たちは、今はどこにいるのだろうか。